おなじといっしょ

「あんまりがんばらずに、くらしをワンランクUPさせたい」自己流ママの研究レポート

丁寧にくらしたい、たまには楽したい。いいもの買いたい、節約したい。
矛盾の波を航海するディスカバリーブログ。船長は2児の母ことわたし。
自分の身の丈にあった“満足”を求めて。

ときめきおかんトゥナイト

本記事はTumblrに書いていた約1年前の日記を元に、一部内容を整理・加筆し、掲載しています。

どんどんおかん化が進むけどそんなに嘆かわしくないよ、
逆にイメージに乗っかる作戦もあるよ、というおはなしです。

 

おかんになった蘭世ちゃんはかわいくない事件

私はかつて「あなたが幸せなら私らはそれでいいんだよ」と答える両親に対し、
ふーん変わってる。親ってつまらない人生なんだな、奇特な人がおったもんだな、
と考える幸せな子どもだった。

 

“人は親になると自分が主役の舞台から降りなくてはいけない”、
少女だった私が強烈にそうインプットしてしまったのは、
漫画「ときめきトゥナイト」を読んでいた時。

読者みんなを魅了した元祖ヒロインの蘭世ちゃんが、一児の母として登場するシーンだ。トレードマークだったサラサラ黒髪ロングヘアをばっさりと切り、おばさん臭いソバージュのボブ。顔面はなんだか間延びして、はっきり言って新ヒロインの娘のほうが断然カワイイ。登場シーンもあからさまに少なくなっていた。

今まであまり深く考えないようにしていた部分が、
こうも分かりやすい形で見せつけられ、相当にショックを受けた。

 

── やっぱりそうなんだ...
親になるということはこんな風に人生の主役を譲って脇役になることなんだ...

私は、いずれ自分もそうしなくてはならないであろう将来を憂いた。

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おかん・ノーライセンス

時は経ち、私は一児の母になった。
妊娠・出産はとても神秘的な体験で、壊れそうなくらい小さくて繊細なのに生命力もあふれる産まれたてのむすめを見ると、

── これからのすべては、この子の為に捧げよう、そう、それが親たるもの。
この気持ちなかなか悪くない。素晴らしいねぇ、うふふ、アガペってさ! 

蘭世オカンを見てかつて感じたあのなんともモヤモヤとした感情を、産後のハイな気持ちも手伝って、笑いとばし、全否定した。
分娩台をさっき降りたばかりのよちよちオカンのくせに。

 

5日後、無事退院。
たかが車でも教習所で十分に勉強・実習を繰り返して、免許を発行してもらうのに対し、
母親になるのには実習もテストも免許もない。

「じゃあがんばってね!」産院に笑顔でほうり出された気分。
え?え?沐浴とか!もう一回教えてほしいんですけどー!

そうやって赤子との生活がスタート。
ちょっとタンマがまったく通用しない状況に目が回った。

── みんなが認めてくれるような“ちゃんとした母”に早くならなくっちゃ。
...でもここだけの話、母性があるのかないのかちょっと自分でもよく分からないんよね。

いつも自分を母親失格に感じていたし、ひとたび街を歩くと見知らぬ人までもが、
私が“ちゃんとした母”であるかどうか一挙一動ジャッジされている気がした。

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起承転結の結がこっちをチラチラ見てきやがる

それからさらに2年半経った現在。
なにも一人でできなかった弱々しい赤ん坊は、なんでも一人でしたがる子どもになった。
自分で乳さえもろくに飲めないレベルだった人が、
今や自分で袖をまくって水の出し過ぎに注意しながら手を洗えるレベルにまで成長。
無理ゲーと思われた事でさえも、数ヶ月先にはいとも簡単にやってのけたりする。

 

私は、同じこの2年半の間になにか成長したことあったっけか?
これからも右肩あがりにたくましく成長曲線を描く子どもに比べ、
老いの下り坂を惰性と重力で知らぬ間にズルッズルすべり落ちていく中年の私。

夫と子どもの成長を語り合うと、毎度お決まりの結論に辿り着く。

── すごいね!子どもってのは。......あぁこれ私らはそうこうしたらすぐ死ぬね!そういうカラクリかー。そっかそっかー。

誰も期待していない、という身軽さ

高校生〜20代前半。自分の特性ってなんなんだろ。
とくに容姿が優れてるわけでもないし、人に熱く語れるような趣味や得意なこともない。いま思えば、その年代の子はだいたいそんな感じなんだけど。
それでも私以外の周りのみんなやバイト先のちょっと年上のお兄さんお姉さんはなんだかイキイキして毎日楽しそうだったしキラキラ見えた。自分にも人が振り向くような武器がほしい。

── ええ、ええ。かく言うわたしもちょっとしたね、特別なものを持っているんですよ。ほら見てよ、この!キラリと光る!感性!

文化祭レベルのハリボテの個性を身にまとった痛々しい女子でした。

 

20代後半。憧れの職業であるwebデザイナーに就くことができた。
無根拠で暑苦しい勢いだけの私を雇ってくれた最初の会社には感謝しかない。

経験も知識もやはりハリボテだったので、自分を常に10%ほど大きく見せていた。
それを知ってか知らずか、会社は定期的に英断級のミッションを私に与えた。
次の日の朝までに10%の溝を何事もなかったかのようにパテで埋めておく為には、睡眠時間と友人関係をおざなりにする必要があったけれど。

 

そして今34歳。知識ゼロの状態から10年近く「webデザイナー」という肩書きでやってこれた。実際はしょうもないのに始終大きく見せたかった私だけど、やっと“自信のようなもの”が身に付いてきたみたい。ハリボテはもう角質化しボロボロである。

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この業界は、あたらしい技術や流行がフィードを賑わせ、今日も今日とてフレッシュな若手が勢いづく。そんな中で34歳のおかんには誰も期待していない、注目していない、
このかつてない身軽さ…!

大きく見せる必要はもうないので、失敗も無知も怖くない。なんでも挑戦できる。
挑戦した結果、下手クソでかっこ悪くってぶざまで見るにたえないような有様でも、
まぁおかんのすることだし?みたいな。
この、しゃーないなぁ(=しょうがないなぁ)枠って、逆に使える!

それに先述の“自信のようなもの”が加わるとさらに痛々しくなる。

あれ?これが出来たってことは、もしかして私って何でもできるタイプの人間なんじゃない?私だって、わりと才能のカタマリ側の人間だったりするんじゃない?

今まで苦手と思っていたイラストもプログラムもスポーツもダンスも、才能がすべてと思いこんでいた分野すべて。なんでもやろやろ、2歳児にならって。

老いの焦りと思い込みと自信、そしてほんのちょっぴりツラの皮の厚さをプラスすれば、
なんだってできちゃうかも☆

それは傍目には痛々しい「ときめきおかん期」のおとずれ。

あとがき

1年半前に書いてた日記をリライトしてみました。
今こうやってイラストブログなんて立ち上げちゃってますけど、一年半前はイラストを描くのが苦手で苦手で。
本来は好きだったはずなんですが、小学校高学年時にほんまもんの絵がうまい子が登場する、モテる為には絵なんか書いてちゃだめだ!とか絵を描くのが好きな子あるある事件が多々あって発酵しきった末、気が付いたら絵を描く行為そのものに抵抗があるおかんになってました。

あと実はこの記事を書いてから、プログラムもスポーツもダンスも挑戦したんですが、
結局つづきませんでした。だって中年って頑固なんだもン☆